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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)3036号 判決 1997年6月13日

原告

甲野○○株式会社

代表者代表取締役

甲野一郎

訴訟代理人弁護士

坂和章平

岡本太郎

被告

東京海上火災保険株式会社

代表者代表取締役

五十嵐庸晏

訴訟代理人弁護士

田中登

市橋和明

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、二億七一二二万円及びこれに対する平成六年七月二九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告との間で締結した火災保険契約に基づき保険金請求をしている事案である。

二  争いのない事実

1  原告の概要

(一) 原告は、繊維(ニット)製品の製造、販売及び加工を業務とする株式会社であり、別紙物件目録記載の工場(以下、「本件工場」という。)で業務を行っていた。

(二) 原告は、原告代表者である甲野一郎とその弟である甲野二郎及び甲野次郎らにより経営されており、従業員は約一〇名であった。

(三) 昭和六〇年ころ以降、ニット製品の受注が増加したため、昭和六〇年六月ころ、原告は、多額の費用をかけて本件工場内にコンピューター制御による二四時間作動の編織機等を設置した。

また、二四時間作動する機械の点検等のため、本件工場を改造し、原告代表者、甲野二郎及び同人らの兄である甲野太郎が、本件工場内に住み込んで生活をするようになった。

2  平成四年の火災と保険金の受領

(一) 平成四年二月、本件工場内で火災が発生し、工場内の機械と商品が焼失した(建物の本体部分は被害を受けず、床の一部が燃えたり水浸しになった程度であった。以下、「前件火災」という。)。

(二) 被告と火災保険を締結していた原告は、前件火災により被告から約一億円の保険金を受領した。

3  本件保険契約の締結

その後、原告は、平成四年三月一二日から平成六年一月九日にかけて、被告との間で、別紙罹災物件火災保険付保状況のとおりの保険契約(以下、「本件店舗総合保険契約」という。)を締結し、また、平成六年一月六日、被告との間で、別紙罹災物件利益保険付保状況記載のとおりの保険契約(以下、「本件利益保険契約」という。)を締結した(以下、「本件店舗総合保険契約」と「本件利益保険契約」とを合わせて「本件保険契約」という。)。

4  本件火災の発生

平成六年七月二八日午前〇時一〇分ころ、本件工場内から出火した火災により、本件工場及び工場内の家財その他の動産が全焼した(以下、「本件火災」という。)。

5  保険金支払請求

原告は、被告に対し、平成六年八月二日、本件店舗総合保険契約に基づき一億五一二二万円の保険金請求をし、平成八年六月二一日、本件利益保険契約に基づき一億二〇〇〇万円の保険金請求をしたが、被告はこれを支払わない。

三  原告の主張

1  本件火災の原因は不明である。

2  仮に、原告代表者のたばこの火の不始末が原因であったとしても、それは軽過失である。

原告が本件火災の前後にとった行動は、次のとおりである。

(一) 平成六年七月二七日、原告代表者は、友人と飲食した後、午後一一時三〇分ころ本件工場に戻った。

(二) 原告代表者は、本件工場の一階北東側作業場(編立場)に入り、二四時間作動するコンピューター制御の編立機の様子を確認し、糸巻き機で糸を適当な大きさに分割する作業をした。

(三) この作業をしている約五分の間、原告代表者は、灰皿を持ってきてたばこを一、二本吸った。

(四) そして、分割できた糸を編立機にセットして二階に上がった。

(五) 二階に上がると風呂を沸かし、午後一一時四五分ころ風呂に入った。

(六) 午後一一時五五分ころ風呂から上がり、作動させた編立機が朝までうまく作動し続けるかどうかを確認するため、裸にタオルを巻いただけの状態で一階に降りた。

(七) 一階に降りると、ガラス越しに炎が見えたため、消火器を取り出したがうまく使用できず、二本目の消火器を二階に取りに上がり、消火活動を試みたが手に負えなかった。

3  原告は本件火災により、建物、商品、機械及び什器備品等合計二億五五六八万九二二一円(うち、商品の損害額は一億三四二八万二九〇〇円)の損害を被り、一億八五二八万四一一九円(本件火災前一二か月間の売上実績と本件火災後一二か月の売上実績の差額)売上が減少した。

4  よって、原告は、被告に対し、本件保険契約に基づき、保険金合計二億七一二二万円及びこれに対する平成六年七月二九日(本件火災発生の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  被告の主張

1  故意による火災

本件保険契約には、保険契約者、被保険者又はこれらの者の法定代理人(保険契約者又は被保険者が法人であるときは、その理事、取締役又は法人の業務を執行するその他の機関)の故意若しくは重過失又は法令違反によって生じた損害に対しては被告は保険金を支払わない旨の約定がある。

次の事実からすれば、本件火災は、原告の代表者等の故意によって招致された人為的な火災であるから、上記約定により、被告は保険金の支払を免れる。

(一) 本件火災の原因は、たばこの火の消し忘れ、電気関係及び放火の三つしか考えられないところ、次のとおり、たばこの火の消し忘れ及び電気関係が原因となった可能性はない。

(1) 原告は、たばこの火の消し忘れが本件火災の原因であるかのような主張をするが、原告代表者は「たばこは消したと思う」旨の供述をしており、これが信用できるとすれば、たばこの火は原因とはなりえない。

(2) 「たばこの火を消したと思う」旨の供述が信用できないとすれば、出火原因として、火のついたたばこが灰皿のそばの床に落ちたことが考えられる。

しかし、何も置かれていない床面に落ちたたばこは数分で立ち消えするし、出火現場に置かれていたと思われる化繊混紡又はウール混紡の編み地や糸くずの上に火のついたたばこが落ちたとしても、たばこが燃え尽きて編み地等を焦がすだけで炎を上げて燃えることはなく、何らかの手段で編み地等に炎を接しない限り火災には至らない。

(3) 本件火災の出火箇所は、一階北東側作業場の床板(床の下部の根太まで焼け切れている)であるから、天井の電気の配線から出火したとは考えられない。

(4) 糸巻き機から火花が出ることも考え難い。

(二) 無関係な第三者が、本件建物で唯一施錠されていなかった建物南西側の入口から本件建物に入り、北東側作業場にまで侵入し放火をする可能性はない。

(三) 原告は、平成四年二月にも、本件火災と同じ編立場を出火箇所とする火災(前件火災)に罹災し、被告から約一億円の保険金を取得している。

(四) 原告の経営状態は芳しくなく、経常損失は、平成四年度(平成三年五月から平成四年四月まで)で約四二九七万円、平成五年度(平成四年五月から平成五年四月まで)で約二〇七九万円、平成六年度(平成五年五月から平成六年四月まで)で約一六九八万円であり、本件火災直前の平成六年五月一日から同年六月三〇日までの間の営業損失は約九〇九万円であった。そして、前件火災による保険金を受領した平成五年度のみ、約二九一八万円の当期利益を計上した。

さらに、平成六年三月以降、大口の取引先(直近の三年間は、原告の総売上の五〇%から七九%を占めていた)との取引がなくなったことで、原告の経営状態は、一層悪化した。

(五) 前件火災も、原告の総売上に占める比率が最も高かった取引先との取引がなくなった直後に発生した。

2  重過失による火災

仮に1の主張が認められないとしても、次のとおり、本件火災および損害は、原告代表者等の重過失に基づくものであるから、上記1の約定により、被告は保険金の支払を免れる。

(一) 本件火災の出火場所となった本件工場内の編立場は、きわめて多量の編み地が置かれ又は機械から編み出されたまま放置されていた。

二年数か月前に同一場所において前件火災に罹災したことのある原告代表者は、深夜工場内でたばこを吸いこれを放置してその場を去ることにより、たやすく周辺の繊維類等に引火し火災に至ることは十分に予見し得べきであるから、これを怠り、着火したたばこを放置したことは、重過失に該当する。

(二)(1) 原告は、二年数か月前に同一場所において前件火災に罹災しているのであるから、火災に備えて消火器を一箇所に固めることなく数箇所に散在させるべきであり、編立場にも消火器を備えておくべきであったにもかかわらず、消火器を階段の踊り場の一箇所に固めて置いていた。

(2) また、原告代表者を含めて本件工場内に寝泊まりする者は、日頃から消火器の使用に精通しておくべきであったにもかかわらず、消火器使用の訓練を行っていなかった。

(3) さらに、原告代表者を含めて本件工場内に寝泊まりしていた者は、火災を発見した場合、直ちに本件工場内の電話機から一一九番すべきであったにもかかわらず、あえて外に出て近所の家に通報を依頼した。

(4) これら三点において、原告代表者らには重過失があり、これによって、初期に鎮火すべき火災が拡大した。

3  損害額の不実表示

(一) 本件保険契約には、保険契約者又は被保険者が、正当な理由がないのに提出書類につき知っている事実を表示せず又は不実の表示をしたときは、被告は保険金を支払わない旨の約定がある。

(二) 原告は、商品の損害額を一億三四二八万二九〇〇円と申告しているが、被告が原告の財務諸表に基づき調査推計したところによると、本件火災当時における真の在庫高は、五九三五万六九二九円である。

なお、原告は、本件火災当時、多額の外注を行っていたから、上記推計のうちのかなりの分量の原材料等が外注先に移管されていたと考えられ、本件火災当時の現実の在庫高は、上記推計より下回ると考えられる。

(三) したがって、原告は、商品の損害について、現実の損害額の2.26倍以上の過剰な申告をしており、不実の表示をしたものといえるから、上記約定により、被告は保険金の支払を免れる。

五  主な争点

1  本件火災は、原告代表者らの故意又は重過失によるものか

2  損害額の不実記載があったか

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  本件火災の状況

証拠(甲八及び乙一五)によれば、本件火災の状況は、次のとおりである。

(一) 本件工場は、鉄骨造スレート葺スレート張り二階建て(延べ五三〇m2)であり、一階が工場、二階が事務所等のほか原告代表者らの部屋であった(一階の状況は、別紙一階平面図のとおり)。

本件工場の西側は、幅約3.4メートルの道路を隔てて団地があり、残る三方は建物が隣接していた。

(二) 岸和田市消防署による本件火災の覚知日時は平成六年七月二八日〇時一三分であった。

(三) 消防隊が本件工場に到着した時、半裸の五〇歳前後の男が走って来て、消防士に「えらいことや、うちの一階が火事や。」と言った。

(四) 本件工場の出入口及び窓は、南角の出入口以外は施錠されていた。

(五) 消防隊の到着当時、本件建物西面から煙が噴出し、北東面北側の窓ガラスが室内の火勢により割れて室内が炎で赤く染まっており、南西面及び南東面には黒煙が漂っている状態であった。

(六) 本件火災により、本件工場が全焼し、隣接する工場と長屋住宅の一部が焼損した。

本件工場のうち、一階北東側作業場の焼けが最も強く、特に同作業所の南西面の西側付近の出入口周辺(作業台北東寄り)の床が焼け切れ、下部のコンクリートも受熱により変色していた。

(七) 消防士の火災原因判定書では、上記のような燃燬状況から、出火箇所は、一階北東側作業場内の西側作業台北東寄りと判定されている。

2  原告代表者は、本件火災の状況について、次のような供述をしている。

(一) 外で食事をして、午後一一時半ころ、工場に戻ってきた。鍵のかかっていない一番南側の入口から入り、編立場に向かった。工場はほとんど二四時間作動しているので、電気はついていた。いつも帰ってきた時に編立機を見て二階へ上がる習慣になっていた。

(二) 編立場に入ると、七台の機械全部が糸切れ等で止まっていた。すぐに動かせそうな二台だけを動かすことにして、一台は糸をつないですぐに動かした。もう一台は糸がなかったので、大きな糸の玉を半分に分割するため、ベビーワインダー(糸巻機)に糸をセットして作動させた。

ベビーワインダーが糸を分割している時間は、五、六分であった。その間、工具入の横に置いてあった円筒型の灰皿をそばに持ってきて、たばこを一、二本吸った。

(三) 灰皿は、一八リッター缶のゴミ入れ二個に挟まれた形で置いた。ゴミ入れは、その日の昼に妹が糸を巻き直す作業をするために二つ並べて置いたのがそのままにされていた。

ゴミ入れに何が入っていたかは覚えていない。

ベビーワインダーには油を差さないので、ベビーワインダーのそばに機械油等は置いていない。編立機には、床から五〇cmの所に二個ずつ二〇〇ccの油タンクが取り付けられていた。

編立場には、別紙編立場鳥瞰図のように、糸や編地が置かれていた。

(四) たばこは、普段から、一、二服吸ってすぐ灰皿でもみ消すという癖があるので、消したと思う。

(五) 分割し終わった糸を編立機にセットして、二階へ上がった。

編立場に居た時間は、一五、六分位だと思う。

(六) 二階へ上がってテレビのスイッチを入れ、風呂を沸かして入り、風呂から上がって、一二時ころ、タオルで体を拭きながら一階に降りて行った。

一階に降りて行ったのは、セットした編立機がトラブルなく動いているかどうかを確かめるためであった。

(七)(1) 階段の所ですぐ赤い炎が見えたので、すぐ慌てて二階に消火器を取りに上がった(第七回供述)。

(2) 階段からは下りないと見えない。作業場兼倉庫に入った所で(甲二四号証の二のNo3)編立場の入口の(床から一mぐらいの高さにある)ガラス越しに赤い炎が見えた。(第八回供述)。

炎の方だけ覚えている。煙という感じはしなかった。

(八) すぐに、二階の踊り場に置いてある消火器を取りに上がった。消火器を持ちながら、弟らに「下、火事やぁ」と大声で怒鳴って、消火器を持って下へ降りた。弟(二郎)も消火器を持って降りた。兄(太郎)は、はっきりどういう行動をしていたかはわからない。弟と兄は下着姿のままであった。

消火器の訓練をしてなかったのでもたもたしたが、ピンを抜いた瞬間に消火液が飛び出したので、それをガラスの方に向けると、消火液が当たってガラスが割れた。

弟は、ばたばた慌てて消火器をそのままその辺に置いて消防に連絡するために外へ飛び出した。

一本目の消火液がすぐなくなったので、もう一本消火器を二階から取ってきた。二本目の消火器を全部かけたが消えなかったので、三本目を取りに上がった。三本目を持って階段の中間位の所に降りて来た時、電気が消えて煙が喉に入ってきたので、もう外に出ないといけないと思い、そのまま外に出た。

(九) 兄と二人で、外の水道栓のホースを窓から入れて、水をかけた。弟が近所の人に知らせて、近所の人が一一九番をしてくれたらしい。

3  本件火災の原因について

(一)  原告代表者は、火災直後、消防士及び被告に対し、たばこの火の不始末が原因である旨を示唆する申告をし、消防士による火災原因判定書においてもたばこが出火原因と推定されていることから、本件火災の原因としてまず想定できるのは、たばこの火である。

しかし、次のような点から、本件火災がたばこの火を原因とするものとは考え難い。

(1) 証拠(乙二〇、二八及び検乙五二)によれば、火をつけたたばこは、通常約一四、五分燃焼継続してフィルター部分で燃え尽きるものであり、編立場の作業台付近に置かれていたのと同種の毛糸や編み地等の中に火をつけたたばこを置く実験では、毛糸や編み地等を焦がしただけで発炎するには至らなかったことが認められ、本件の出火場所の状況において、たばこの火から発炎出火する可能性は低いといえる。

(2) 原告代表者の供述によると、一階で作業をしている間はきな臭い等の異常はなく、原告代表者が二階に上がっていた一五分から二〇分程の間に、編立場の作業台付近に炎が上がったことになる。しかし、仮にたばこから出火することがあるとしても、作業台付近に油類がなかったこと(原告代表者)からすれば、このような短時間で、直ちに消火器を一本以上かけても鎮火できない程の燃焼状態になるとは考え難い。

(3) 消防士作成の火災原因判定書(乙一五)では、たばこが原因と推定されているが、「あくまで推測の域にしか達しない」との限定が付されたものであり、出火時間から消防隊が現場到着するまでの延焼拡大速度から、放火の可能性も示唆している(なお、本件火災における消防隊の現場到着時刻は証拠上明らかではないが、乙一六によれば、平成四年二月の前件火災のとき、消防隊が火災覚知時間から七分後に現場に到着していることが認められ、後述のとおり、本件火災が前件火災とほぼ同じ時刻に発生していることに照らせば、本件においても、大体同じ程度の時間で到着したものと推認できる)。

たばこを原因と推定したのは、原告代表者の、たばこを吸ったが消したかどうかわからない旨の供述に依るところが大きく、また、付近の油類に燃え移り瞬時の内に延焼拡大したとの推定をしているが、前記のとおり作業台付近に油類はなかったのであるから、拡大延焼速度に関する疑念は残ることになり、たばこの火が原因であると推定することは困難である。

(二)  たばこ以外で、本件火災の原因として想定できるのは、電気関係と放火である(乙一五)ところ、次のとおり、電気関係が本件火災の原因であるとは考えられない。

(1) 原告代表者の供述によれば、出火場所である編立場の床には機械及び電灯の配線は通っていないことが認められ、漏電による出火とは考えられない。

(2) 証拠(甲二九及び原告代表者)によれば、出火場所付近の作業台にベビーワインダー(糸巻き機)が置かれていたことが認められる。そして、原告代表者は、ベビーワインダーから火が出た話を聞いたことがある旨の供述をするが、具体性に欠けるし、ベビーワインダーは巻き終わった糸を取り出した時に止まっていたこと(原告代表者)からすれば、ベビーワインダーから火が出て延焼する可能性はなく、これが出火原因とは考えられない。

また、その他に、出火場所付近に出火の原因となりうる電気製品が存在したと認めるに足りる証拠はない。

(三)  また、次のように、外部の者による放火の可能性も考え難い。

(1) 証拠(甲八及び原告代表者)によれば、外部からの侵入口は、南角の入口のみであるが、出火場所である編立場は、そこから、階段のある部屋と倉庫・作業所とを通り抜けた一番奥にあり、また、出火当時、工場内の電灯はついており、編機が作動していたことが認められる。

(2) また、原告代表者の供述では、出火直前まで原告代表者が工場内で作業をしており、いったん二階へ上がった後一五分から二〇分程で再び工場に降りてきたということであるから、外部の者が放火をする機会はその一五分から二〇分間に限られている。

(3) 以上のような状況に照らせば、外部の者が本件工場内に侵入して放火したとは到底考えられず、また、本件で、外部の者の放火を疑わせる証拠も見当たらない。

(四)  以上からすると、合理的に考えれば、本件火災の原因として、本件工場内部の者による放火の可能性が残ることになる。

そして、本件では、次のとおり、本件工場内部の者(原告関係者)の放火を疑わせる事情がある。

(1) 争いのない事実及び証拠(乙一六及び原告代表者)によれば、本件火災の約二年五か月前である平成四年二月六日に発生した前件火災は、その発生時刻は、本件火災とほぼ同じ午前〇時ころであり、出火場所も、本件火災と同じ編立場であったこと、前件火災の被害状況は、機械の焼損及び建物の一部焼損、水汚損であったこと及び原告は、前件火災により、被告から、火災保険金約一億一〇〇〇万円を受取っていることが認められる。

(2) 証拠(甲一〇の二、乙五、六の二、七の二及び原告代表者)によれば、原告は、平成三年度(平成二年五月から平成三年四月まで)以降、経常利益をあげておらず、経常損失は、平成三年度で約六二六万円、平成四年度で約四二九七万円、平成五年度で約二〇七九万円、平成六年度で約一六九八万円であったこと、平成五年度を除き、各年度の当期損失は、経常損失の額とほぼ同じであったこと及び平成五年度のみ、火災保険金収入約一億一〇八七万円と火災損失五九〇八万円等が特別損益として計上され、約二九一八万円の当期利益を計上していることが認められる。

(3) 証拠(甲二三、乙九及び原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成三年六月に塚本商事から大量の注文を受けたため、材料などを置く場所として本件工場の近くに家賃月額約一九万円で倉庫を借りたこと、塚本商事との取引は、平成三年一二月で終了したこと、塚本商事との取引終了後も倉庫を借り続けていたこと、リベラル中村との取引が原告の総売上に占める割合は、平成四年度で六二パーセント、平成五年度で七九パーセント、平成六年度で五〇パーセントであったのが、平成六年二月、商売上のトラブルが原因でリベラル中村との取引が終了していること及び前記の倉庫に置いてあった糸等をすべて本件工場に移し、平成六年七月七日に倉庫を明け渡したことが認められる。

(4) 証拠(甲一一、乙一九の一・二及び原告代表者)によれば、原告が本件火災による損害として申告したもののうち、半製品については、生産するについて各販売予定先に声をかけておらず、かつ、その販売予定数及び金額は各販売予定先の前年度の実績よりも大きく上回るものであることが認められる。

(5) 原告代表者や原告関係者の供述、行動には、次のとおり、不自然な点がある。

ア 原告代表者は、炎を発見した際、煙には気づかず、消せると思って消火器で消火活動をしていたが、三本目の消火器を取りに行った時に電気が消え、煙が喉に入ったので消火をあきらめた旨の供述をしている。

しかし、甲八によれば、第一発見者であり一一九番通報した団地の住人は、〇時すぎころに本件工場の西面北側のシャッターの間から黒い煙が出ているのを発見していることが認められ、また、前記認定のとおり、消防隊が本件工場に到着した時には、本件建物西面から煙が噴出し、北東面北側の窓ガラスが室内の火勢により割れて室内が炎で赤く染まっており、南西面及び南東面には黒煙が漂っている状態であった。

出火場所である編立場は、本件工場西面とは接していないことからすれば(甲八、二九)、本件工場西面から煙が出ていたということは、〇時すぎころ、本件工場内にはかなりの煙が発生していたと考えられるし、消防隊が到着した時(前記のとおり、〇時二〇分ころと推測される。)の火災の状況に鑑みれば、原告代表者が供述する火災発見状況やその後の消火活動の態様は不自然である。

イ 甲野太郎は、現場に到着した消防士に対し、「原告代表者が火事を知らせたので、飛び起きて消火器を持って一階の工場内へ走っていくと、手のつけようがないくらい炎が上がっていた」旨の申告をしているが(甲八)、原告代表者の供述では、消火器を持って降りて行ったのは原告代表者と甲野二郎であるし、原告代表者が二度に渡って消火器を取りに上がり消火活動ができる程の炎であったということと整合しない。

ウ 乙一六によれば、平成四年二月の前件火災は、本件火災と同じ編立場から出火し、紐編機とそこから編み上がった紐、横編機の一部と床の一部が焼損しただけで消防により鎮火されていること及び当時、本件工場二階に居た甲野次郎は、消防士に対し、「煙臭いので不審に思い、階段を降りて行くと、工場内に煙が充満していたので火事だと直感した」旨の申告をし、同じく二階で寝ていた甲野二郎も、「次郎が『火事だ』と叫んでいるので急いで駆けつけてみると、工場内に煙が充満しており息苦しかった」旨の申告をしていることから、前件火災のときは、発見時に工場内に煙が充満していることが認められる。

そうすると、本件火災は前件火災より規模が大きいにもかかわらず、原告代表者らが、二階で煙を感じることもなく、一階に降りて火災を発見した時にも煙を感じなかったというのは不自然である。

エ 証拠(甲八及び原告代表者)によれば、原告代表者を始め本件工場に寝泊まりしていた者のうち、誰もが本件工場内の電話を使って一一九番通報をしていないことが認められる。

この点、原告代表者は、「(甲野二郎は、)前にも何か通じなかったとか、何かいろんなことがあって」裏の隣家に電話をしてもらいに行ったとの供述をするが、乙一六によれば、前件火災のときは、甲野二郎は、火災を発見して直ちに工場内の電話で一一九番通報している(なお、先に発見した甲野次郎も一一九番通報をしていた。)ことが認められるから、前件火災のときに電話が通じなかったという理由であれば不自然であるし、また、同じ編立場からの出火で、前件火災のときに通じた電話が今回は通じなかったとも考え難く、他に本件工場内の電話を使用しない合理的な理由が見当たらないことからすれば、火災を発見して直ちに自ら一一九番通報をしていないのは不自然である。

オ 証拠(甲八、二四の一・二、二五及び原告代表者)によれば、原告代表者は、本件火災直後から、消防士や被告に対して、本件火災の原因が自分のたばこの火の不始末が原因ではないかと示唆する言動をしていることが認められる。特に、被告に提出した報告書には、「(風呂に)入っている時に編立作業をしていた時にタバコを吸ったような気がしたので編立場が気になったので急いで一階の編立場に降りた」(甲二五)「(たばこは)たぶんそのままだと思います。」「編立作業所内でタバコを吸って作業をしたことが(本件火災の)原因と思います。」(甲二四の一)と記載しており、本件訴訟で原告代表者が「たばこは一、二服でもみ消す癖があるので、消したと思う」、「セットした編立機がトラブルなく動いているかどうか確かめるために一階に降りていった」旨の供述をしていることに照らせば、本件火災直後の原告代表者のこれらの言動は、火災の原因について疑義が生じないようにする意図のもとにされたものと見ることができる。

カ なお、前記1のとおり、消防隊が本件工場に到着した時、半裸の五〇歳前後の男が走って来て、消防士に「えらいことや、うちの一階が火事や。」と言った事実が認められる。

この半裸の男性が誰であるか証拠上明らかではないが、仮に甲野二郎または甲野太郎である場合(原告代表者尋問の結果によれば、この男性が原告代表者であるとは認められない)、この事実は、原告関係者による放火でないことを推認しうる事実ではあるが(乙一五の火災原因判定書中には、「出火建物方向から半裸の五〇歳前後の男性(出火建物の関係者)が慌てて走って来たという事実から内部関係者が放火した可能性は少ない」との記載部分がある)、同時に、原告関係者が放火の疑いをかけられないように工作することも十分考えられることからすれば、この事実をもって、本件火災が原告関係者による放火でないと判断することはできない。

(五)  以上から、本件火災の原因を判断すると、原告は、前件火災により約一億一〇〇〇万円の火災保険金を取得したことがあるところ、この保険金収入が特別利益として計上された平成五年度のみ当期利益を計上することができたほかは、平成三年度以降、利益を上げていなかったこと及び原告の経営状態は、平成六年三月以降、大口の取引先がなくなったことにより一層悪化していたことからすれば、原告代表者には放火により火災保険金を取得する動機はあったということができ、そして、前件火災の約二年五か月後に同一場所でほぼ同じ時刻に、火災が発生したこと自体不自然であるといえるところ、本件火災の原因として、他の原因、すなわち、たばこ、電気関係又は外部の者による放火の可能性がいずれも考え難い上に、原告は、本件火災の直前に借りていた倉庫を解約し、倉庫に保管していた材料等をすべて本件工場に運び込んだり、売れる見通しが立っていないのに大量に生産していた商品を損害額として申告していることや、本件火災の発見状況や消火活動の態様等についての原告代表者の不自然な供述、言動等を総合すれば、本件火災は、原告代表者又はこれと意を通じた原告関係者によって故意に招致された人為的な火災であると推認するのが相当である。

二  よって、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中田昭孝 裁判官冨上智子 裁判官村上正敏は、海外出張のため署名押印することができない。裁判長裁判官中田昭孝)

別紙<省略>

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